悲嘆のプロセスとグリーフワーク

ターミナルケア | 記事URL


人は基本的に胎児と呼ばれる時期を経て、生まれ、発育・成長し、発達と成熟を経て衰退し、やがて必ず死を迎える。こうしたプロセスはライフサイクルと呼ばれている。

子ども、親、夫・妻、兄弟姉妹、親戚といった家族や親族のみならず、近隣の人、友人・知人など、場合によってはメディアを通じて知っている人なども含め、何らかのつながりのあった人が亡くなるという経験は、 日常的によくある話である。「死」は、人の限界を意識させられるものであり、また「生きる」とは何かを改めて考える契機ともなる。

広辞苑で見ると、「死別」は「生きわかれ」を意味する「生別」との反対語であり、「しにわかれ」を意味するとしている。また、「遺族」は「死者の後にのこった家族・親族」としている。死別は、大切であると思っていた人を喪失することであり、その喪失体験に対する感情反応として「悲嘆(グリーフ)」が生じる。悲嘆は、単なる悲しみだけでない。怒り、罪悪感、自責の念、絶望、不安、無力感、孤独感など、さまざまなものを包含し複雑なものとなって悲嘆になる。

そして、日々揺れ動き変化する中で、その悲嘆を乗り越え、故人と別れた中でどう生き抜くのかを考え実行していく悲嘆作業すなわちグリーフワークをしていく。

グリーフワークという用語は、保健・医療・福祉・看護・心理などの分野で、近年頻繁に用いられるようになった。しかし、実際的にはその用語のみ、つまり「悲嘆からの回復」という意味合いのみが先行して一般化したものの、その本質についてはあまり触れられていないという印象がある。それは、専門家にしても同様であり、しかも少し古い教科書で学んだ方々にとっては、新しい知見を得ることなく、実践がなされている危惧も抱く。

そこでここでは、悲嘆とそこからの回復のプロセスについて、歴史的にどのように議論されてきたのか、その経緯の一端を概観していくこととしたい。



- Smart Blog -